ゆかてん 比那名居天子と妖怪狸の身体が入れ替わった!!
2011年 01月 31日
それは、自分が引き起こした異変時に自分を完膚無きまでにたたきのめした、あの八雲紫に仕返しするためである。
しかし、八雲紫が普段どこに住んでいるのかは誰も知らない。だからこうして天子は、幻想郷中の野山をしらみつぶしに探して回っているのだ。
「はぁ、紫の屋敷ってのはどこにあるのかしら……」
いくら探しても、紫が住んでいるといわれる八雲邸がみつからず、天子は思わずため息を漏らした。
そこへ、不意に、一匹の狸(たぬき)が現れた。
人間の子供より大きいぐらいの、けっこうな大きさの狸だ。
「こんなところに狸?なによ、エサなんて持ってないわよ」
現れたのがただの狸だと知った天子は、手を振って追い払う仕草をしてみせた。
すると突然、四つ足で立っていた狸が立ち上がり、二本足で立った。
「ふっふっふ、おいらを馬鹿にすると後悔するんだぜ」
「た、狸がしゃべった!?」
突然、狸がしゃべり出したことに天子は驚いた。
「そうか……あんた、妖怪狸ね?悪さしようってんなら、相手になるわよ?」
天子は緋想の剣を取り出して、応戦の構えを見せた。
「ふふん、おいらの術の実験台になってもらうよ……肉体交換の術!」
妖怪狸は額に葉っぱを乗せ、器用に前足で印のようなものを組んだ。するとボンッ!という音と共に煙があたりに拭きだし、妖怪狸と天子を包み込んだ。
「げっほ、げっほ!なによこの煙は!?」
たまらず咳き込む天子。
しばらくして煙が晴れてきた。煙の間から見えたその姿は――先程までの妖怪狸ではなく、なんと比那名居天子だった。
「なっ、なんで私がそこにいるの!?」
「ふっふっふ、おいらの術で身体を交換させてもらったのさ。今はあんたが狸になっているんだぜ」
「な、なんですってー!?」
天子は慌てて自分の身体を見た。全身が黒っぽい毛に覆われている。頭には丸い耳、お尻には大きな丸みを帯びた尻尾が生えている。きわめつけは、股間に大きな陰嚢のついたおちんちんがついていた。
「いやーーーーーーー!なにこれーーーーーー!!」
「はっはっは、人間が驚く姿を見るのは楽しいなぁ。ま、心配しなくても今日の夕方には元に戻してやるからさ、日が沈むまでにここに戻ってくること。じゃ、おいらはこの身体でしばらく楽しませてもらうから!」
そう言って天子の身体の妖怪狸は高く跳躍してそのまま去っていった。
「いっちゃった……ちょっと、どうしてくれんのよーーー!この身体!!」
妖怪狸の身体になってしまった天子の叫び声が、山々にこだましていた。
妖怪狸の身体になってしまった天子は空も飛べなくなってしまったため、しかたなく徒歩で山々を歩き回って、自分の身体を持ち去った妖怪狸を探し回っていた。
「妖怪狸が私の身体を使うなんて……許せないわ!今度みつけて身体を取り返したら、ただじゃおかないんだから!」
天子は怒り口調で独り言を叫んでいた。妖怪狸の声で。
「あら?ここは……」
天子……いや妖怪狸は木々の間を抜けると、一軒の古い和風の家屋の前に出た。けっこう年代ものの家屋のようだが、手入れが行き届いており、しかもかなり大きい。
「こんな山奥に家なんて……誰か住んでいるのかしら」
そのまま妖怪狸はかまわず和風家屋のほうへと進んでいった。自分が妖怪狸の姿になっていることをすっかり忘れたまま。
ガラッ
そこへちょうど、屋敷の外の面した襖が開いて、一人の金髪の女性が姿を現した。
妖怪狸は思わず足を止めた。その顔は、とても見知った顔だったからだ。
(ゆ、紫!?なんでこんなところに!?)
屋敷の中から現れたのはスキマ妖怪・八雲紫だった。天子がよくみかける、白と紫の導師服を着ている。
仕返しをするために八雲邸を探していたのだが、いざ当人を目の前にすると、身体が固まってしまって動けない。
(うー、情けない!ゆかりがなんぼのものだってのよ!私だって、がんばれば紫に勝てるはずよ!)
妖怪狸の中の天子が決死の思いで前に踏み出そうとしたとき。
「あら、お仲間がこんなところに迷い込んでくるなんて珍しいわね」
八雲紫のほうから、妖怪狸のほうへ声をかけてきた。
おだやかな笑みをうかべていて、声音もとても優しいものになっている。天子が普段見聞きしている八雲紫の姿とは180度違って見えた。
(な、なに!?優しいゆかりって……き、気持ち悪い)
「そういえば昨日から屋敷の周りの結界を緩めていたんだっけ、それで入って来られたのかしら」
紫は屋敷内から出てきて靴をはき、妖怪狸の前までやってきた。
(わわっ、こっち来た!……って、そういえば今、私ってば狸だったんだっけ)
ここにきてようやく天子は自分がさきほど狸と身体を入れ替えられたことを思い出した。
(ゆかりは私が天子だと気づいていないのね、だから私と合うときと態度が違うわけだ)
天子と相対しているときの紫はたいてい、つっかかってくるような厳しい態度だ。まあ、天子が幻想郷で起こした異変の規模を考えれば、紫が怒り心頭になるのは当然のことではあるのだが。
天子が心の中でそんなこと考えている間に、紫は妖怪狸の目と鼻の先までやってきた。
(あわわっ、どうしよう、今ゆかりに会ったときのこと考えてなかったわ)
天子はかなりテンパっていた。
そこへ、紫は片手をゆっくりと妖怪狸の頭に乗せてきた。
「怖がらなくていいわよ、私はあなたと同類なんだから」
(同類?そういえばさっきも仲間とか言っていたし……狸と紫が仲間って、どういうこと?)
天子は心の中で疑問に思ってみた。
「証拠を見せてあげましょうか?」
そう言うと紫はいつもかぶっているフリルつきの白い帽子をとってみた。
するとポンッ!という、ついさっき聞いたような軽快な音がして、軽く煙が吹き出た。
音と煙に驚いて妖怪狸は思わず目をつぶる。そして目を開けると……そこには、狸の耳をつけた八雲紫がいた。
いや、正確にはつけた、ではなく「生えていた」。
(!!!!????)
天子の思考の中に疑問の嵐が吹き荒れる。
「あら、これでも信じられない?それじゃあ、よいしょっと」
そういうと紫は次にふわりと広がっているスカートをめくりあげる。そしてまた「ポンッ!」という音と少量の煙が起こり、次の瞬間には、紫のスカートから狸の尻尾が生えていた。
(耳の次は尻尾!!??まさか、まさか紫って)
「ほら、見てのとおり、私も狸なの。あなたも妖怪狸のようだし、しゃべること出来るのでしょう?お名前、教えてくださるかしら」
「あ……」
「あ?」
「あはははははははははははははは!!ゆ、ゆかりが狸ですってーーーーー!?あははははははーーーーっ、し、信じらんない、あの紫が狸ですってーーーーー!!」
妖怪狸が突然腹を抱えて笑い出した。
「な、なんですのいきなり!?」
「だって、あはは、おかしいんだもん!あの妖怪の賢者と言われたゆかりが、タヌキだったなんて!!あはははは!」
「そ、その口調!!まさか、あなた天子!?」
「その通りよ、妖怪狸に身体入れ替えられちゃったけどね……あはははは!」
涙を流しながら、妖怪狸は笑い続けた。
それからしばらくして。
八雲紫は泣いていた。
「ひっ、く、う…………」
「ちょ、ちょっと、泣くことないじゃない!!そりゃあ、あれだけ笑いまくった私も悪い……いやあんまり悪いと思ってないけど……まあ、ちょっとは悪かったかもしれないわよ!だから泣きやみなさいよ!妖怪の賢者ともあろう者が!情けない!」
妖怪狸は泣き伏せている紫にむかって、叱責していた。
「だって……私が狸だってこと、もう幻想郷中に知られてしまうわ……もう誰も私のことなんて見向きもしなくなる……」
「ん、な」
狸の中の天子は絶句した。正直、ここまで紫がショックを受けるとは思っていなかったのだ。紫の意外な正体を知って面白かったのもあるが、自分がいつか叩きのめしたいと思っていた相手にここまで落ち込まれると、正直、張り合いがなくなる。
そう、これは、ただ、自分が目標としていた相手に、いなくなられては困る。ただそれだけのことだ。
「あーーーー、もう!情けない!」
妖怪狸……の中にいる天子は、うつむいている紫の顔をつかんで持ち上げた。
「な、なにするの!?」
「私だって今狸よ!あんたと同じよ!股間になんかプラプラしたものもついているわ!いいじゃない狸だからって、今まであんたを慕っていた奴が、それぐらいで離れていくと思う!?」
天子……いや狸に凄まれた紫は、思わず首をふるふると左右に振る。
「そうでしょう!?それに、みくびらないでよ!私はこんなこと、幻想郷中に言いふらしたりしないわよ!八雲紫……あんたは、私が、私の力で真正面から叩きのめしてやるんだから!だから……そんなみっともない姿、見せないでよ!」
狸は一気にまくしたてた。
言われた紫はしばらく呆けていたが……こぼれていた涙をそっと指でぬぐうと、くすっと、小さく笑って見せた。
「はぁ……天人のあんたに言われるようじゃ、私もおしまいね」
「なによ!どういう意味!?」
「言葉通りの意味ですわ、あなたに説教されるなんて、わたくしもどうかしていましたわ」
紫はスカートの土埃をパンパンと手ではたき、力強く立ち上がった。
「ふん、なんだ、すぐ立ち直れるのなら、いちいち落ち込まないでよ!」
「そうですわね、……今回だけは、あなたに感謝しますわ、天人の、比那名居天子」
「な、なによ……えらく素直になっちゃって……」
紫にお礼を言われたことが意外だったのか、天子は……妖怪狸の顔を真っ赤にして、照れていた。
その後、紫と、妖怪狸の身体の天子は、八雲邸を出て山を降りていった。
夕方、狸が言っていた時刻に、天子の身体の狸が予告していたとおりに帰ってきた。
「それじゃ、身体返しますわーー」
ポンッ!といつもの音と煙が出た後、天子と狸の身体は元に戻っていた。
天子は仕返しに狸をボコボコにしてやろうと思っていたが、やめた。
紫に感謝される、という珍しいことをされたこともあってか、天子の心はおだやかだった。
八雲紫の正体は狸である。
幻想郷中でこの秘密を知っているのは自分だけ。
そのことは、天子にある種の優越感をもたらしていた。
「ふふん、私しかしらない紫の秘密……なんか、ちょっといい気分だわ」
天子が鼻歌を歌いながら歩いていると、上空から新聞がばらまかれていた。天狗の射命丸がまた新聞を配っているのだろう。
天子は新聞を一部拾って読んでみると……
「な、なによこれ!」
そこには、紫が狸であることを自ら明かした旨のことが書かれていた。
「えーーーー!あれって私だけが知っている秘密じゃなかったの!」
「あら、そんなこと言ったかしら」
突然スキマが開いて、中から八雲紫が現れた。
「あなたが、狸であることに自信をもて、みたいなこと言ってくれたんじゃないの、だから私もちょっと、吹っ切れてみたのよ」
どうやら、自分で天狗の射命丸に情報を公開したらしい。
それはたぶん、紫にとっていいことなんだろうけど……
天子はなぜだかすごく悔しかった。
自分と紫だけの秘密だと思っていたのに……
「やっぱり、あんた腹立つわ!勝負よ!今すぐ勝負しなさい!」
「はいはい、分かりましたわ、血の気の多い娘だこと」
二人とも、手にスペルカードを掲げて上空へと飛び上がっていく。
今日もまた、幻想郷の空で天子と紫の弾幕ごっこが繰り広げられていた。
完。
by tohotoho2 | 2011-01-31 23:51 | 東方入れ替わり小説